東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)50号 判決 1965年3月23日
原告 奥村正則
被告 特許庁長官
主文
特許庁が昭和三四年抗告審判第二六八〇号事件につき昭和三八年二月二三日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
主文同旨の判決を求める。
第二請求の原因
一 原告は昭和三三年三月一八日特許庁に対し「廻転式調理器」と題する考案につき実用新案登録の出願(昭和三三年実用新案登録願第一三八〇号)をし、昭和三四年一〇月二九日附で拒絶査定を受けたので、同年一一月一三日抗告審判を請求(昭和三四年抗告審判第二六八〇号)したうえ、昭和三六年五月一六日実用新案の名称を「回転式サシミのツマ製造器」と改めた全文訂正説明書及び訂正図面を差し出したところ、昭和三八年二月二三日附をもつて本件抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がなされ、同審決書の謄本は同年三月二二日原告に送達された。
二 原告の出願にかかる本件考案の要旨は、「実用新案登録請求の範囲」に記載されたとおり、「台板に対し着脱自在な支持腕に対しクランクによつて回転はするも前進運動不可能に装置した針状突起つき押圧盤と、台板上を自由自在に摺動させ左右および前後に傾斜自在の非固定型の刃物盤よりなり、該刃物盤の中心部には大根が削られてゆくのに応じて大根それ自体にセンター位置決め用の棒状余材を形成させる中心管を刃物盤の前後を貫通して設け、該中心管より半径方向に一つのスロツトを穿ち、刃物盤正面側において該スロツトの一方の縁部には鋸歯状刃物の切刃部を突出させ他方の縁部には葉状刃物の切刃部を突出させて設けてなるサシミのツマ製造器」である。
三 審決の現由の要旨は、「本願の要旨は、当審において訂正された説明書と図面の記載からみて、登録請求の範囲に記載されたとおりの「回転式サシミのツマ製造器」の構造にあるものと認める。これに対し原審において昭和一一年実用新案出願公告第五〇八号公報を引用し、(1)本願は上記刊行物所載のものと類似である、(2)なお意見書において本願は壁鈑に突出管を設け大根の切削りを円滑にした点において引用例所載のものと相違すると本出願人は主張しているが、引用例のものも突出管が設けられておりその作用効果においても本願のものと同様なことが期待できるものと認める、として本願を拒絶査定している。ところで本出願人は当審において、引用例のものは訂正説明書に記載されている本願の五つの条件のうちの(1)、(3)、(4)、(5)の要件を欠いている、と主張して抗告審判を請求している。そこで審理するに、まず本出願人の主張するそれら条件は、(1)素材大根は真直なものが少く多くは彎曲しているから送り機構と刃物機構との両センターは決して相対的には固定されてはおらず、したがつて素材大根の偏心度に応じてそれら両センターをその偏心度に即応させて調節しなければならない、(2)大根を刃物盤に圧着する圧力が送り始めから送り終わりまで一定にせねばならない、(3)切断中大根の端面をその全面にわたつて刃物盤に密着させねばならない、(4)上記大根の偏心度に応じて両センターを相対的に迅速に移動可能ならしめるため正確な案内装置を設ける必要がある。(5)大根は必ずしも軸中心線に直角には切断されてゆかないゆえ大根の切断端面と刃物盤とを密着させるため、作業中刃物盤自体を必要に応じて前後左右に傾斜させることが必要である、とゆうことである。ところがそれら条件を満足させる本願装置の構造についてみてみると、それら条件を具現するものは、(イ)台板を自在に摺動できるとともに前後左右に傾斜自在になつている刃物盤(7)、(ロ)作業が進行してゆくにつれて大根芯部をつぎつぎに落してゆくところのセンター兼芯取出管(18)によつてだけ表わされているに過ぎない。しかしながら、(A)上記(イ)の点について引用例のものは刃物台が固定され押圧板が遂次進行するとはゆうものの大根は正確に刃物台にむかつて進行されている以上、大根の押圧を本願のように刃物台の往復によつて行う点には格別な工夫は認められない。また本願においては刃物台を前後左右に摺動させつつ押圧板にむかつて進行させるとゆうも単に手で加減しつつ行つているに過ぎなくその送り機構においても何んら格別な工夫も認められない。(B)上記(ロ)の点について引用例のものにおいて隆起(16)が設けられており、それは勿論センター定めをするだけのものではあるが、当審において訂正された説明書の登録請求の範囲をみても、ただ「大根それ自体にセンター位置決め用の棒状余材を形成させる中心管を刃物盤の前後を貫通して設け」とだけ記載されており、その管の先端が刃型をなしていることは何んら記載されていないので引用例の上記隆起を本願のような管に構成することは単なる構造上の微差に過ぎない。又たといその管の先端が刃物型に研いである点を本願要旨の構成要件として出願人が訂正してみても、その点は実用新案を構成する程度のものと認められない。それゆえ原審における拒絶査定は妥当である。」というにある。
四 しかしながら審決は次の現由によつて違法であり、取り消されるべきものである。
(一) 本件考案が解決しようとする技術的課題は大根を半径方向に削つて繊細美麗かつ美味なサシミのツマを機械的に製造する新規な装置を創造することにある。このような種類のツマは従来手工的にのみ生産され、料理屋などの煩瑣な仕事と思われてきた。このような機械装置は従来何人も発明ないし考案したことがない。本考案の装置による製品、すなわちサシミのツマは手工作業による太さのむら、切れはしなどを排除し、長さも数メートルもしくは十数メートルにも及ぶものができるのであつて、本件考案の技術的課題はそれ自体新規なものである。なお、実地においては、数メートルに及ぶサシミのツマを食べる人はいないから、適宜の長さのものにする必要があり、本考案の装置では適宜、間けつ的に刃物盤を大根より離接することにより、自由自在に適宜の長さのサシミのツマを製造することができるものである。
(二) 本件考案は審決書記載の(1)ないし(5)の五つの案件を満足するのでなければ曲りや偏心のある大根より前記のようなサシミのツマを連続的に製造することができないことを発見し、この原理を具体化した装置を創造したことにあり、その着想自体も新規である。
(三) 前審引用の装置は前記五条件のうち、(1)、(3)、(4)、(5)の要件を欠いでおり、当然前記のような製品を生産することができない。また、引例の装置ではサシミのツマは生産できない。
(四)(イ) 前記(1)の条件は、引例の装置では押圧鈑(9)と刃盤(20)との両センターが固定しているから、該条件を満足しない。それに反して、本件考案では、押圧盤(6)のセンターは固定しているが刃物盤(7)のセンターは固定せず自由な状態にあるから、この条件を満足させる。
(ロ) 次に上記(2)の条件についてみると、大根に曲りがあると、引例の装置では大根の一回転中に圧力のむらが生じ、はなはだしい場合には大根の自由端部が刃物盤から外ずれてしまうが、本件考案では刃物盤を台板(1)に沿つてずらせながら押してゆくので、そのようなおそれがなく、(2)の条件を満足できる。
(ハ) 次に上記(8)の密着条件は、引例の装置では(ロ)の場合から推察されるように充足できないのに反し、本件考案の場合は(ロ)に記載したように充足できる。
(ニ) さて本件考案では、これら三つの条件を満足する装置として、格別の送り装置を設けず手送りにしている。そこで審決は「本願においては刃物台を前後左右に摺動させつつ押圧板にむかつて進行させるとゆうも、単に手で加減しつつ行つているに過ぎなくその送り機構においても何んら格別な工夫も認められない。」としている。しかし原告は、機械送りを採用すると千切りは造れてもサシミのツマは造れぬという原理を発見してそれを考案の基礎としたのである。一般的にいつて技術は簡単なものから複雑なものになる傾向があるが、発明や考案は必ずしも技術的進歩性を要件とするものではなく、公知の解決方法に比べて、比較的不利な解決方法を包含する発明でも特定の場合には特許性があり、本件考案なまさにこれに相当する。機構送りを廃止して微妙な手送りを採用しなければ芸術品ともいうべきサシミのツマの製造に成功することはできない。サシミのツマは多量に造るものではなく、美麗な製品が比較的早くできればよいのである。審決はこの点における装置の特許性を見逃がしたものである。
(ホ) 前記(4)の条件は、中心管(18)を刃物盤を貫通して設けることによつて本件考案はその目的を達している。
(ヘ) 前記(5)の条件は、本件考案では刃物盤を必要に応じ前後左右に傾斜可能に構成したことにあり、引例にはその作用がない。
(ト) 前記各条件を充足するように考案された本考案の装置の具体的構造は前記二に記載したとおりであり、引例の装置とは、目的、構造及び作用効果において考案に値いする顕著な相違があり、本件審決は審理不尽の違法あるものである。
五 被告の主張に対し
(一) 被告主張各公報は確かに本件出願前に公知のサシミのツマ製造機を掲記しているが、これらの装置は単に紙上の考案にすぎず、それぞれ欠点があり、これらの装置あるいはその改良装置が当業者において実用に供せられた形跡はない。
(二) 被告は本件考案の要件(I)、(II)が引例のものにも具体化されているというが、それは大根の曲りや偏心、あるいは弾力性をまつたく無視して、旋盤において鋼棒を削るような考え方を導入するものであつて、到底認容し難い。また、(III)が被告主張の公報に記載されているとの点については、たしかに刃物は前後左右に揺動するようになつているが、この装置は単なる皮剥機にすぎず、これをサシミのツマ製造機における技術的課題の解決を示唆するものとはいえない。昭和七年実用新案出願公告第一八七一四号についても同様である。
(三) 皮剥器では剥皮それ自体は厚さ、形状、その連続性は問題にならず、剥皮それ自体は廃物であつて製品ではない。したがつて、一定の正確な断面形状を有するサシミのツマを製造する装置とはその技術的課題と対象を異にしており、サシミのツマ製造機に関する公知技術ではないし、それへの応用を示唆する記載もない。また、本件考案の装置の作用は皮剥機とは異なり、大根の周面より切削してゆかずに端面のみからするのである。
(四) 本件考案の技術的特徴は、これを個別に観察してもその大部分は公知ではなく、いわんや本件考案の技術的課題は前記五条件の同時的充足にあり、登録請求の範囲は、この技術を実現するための必須の構造要件を掲記しているものである。
第三被告の答弁
一 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
二 請求原因一ないし三の事実は認めるが、同四の主張は後記の認める点を除きその余を争う。
(一) サシミのツマを機械的に製造する装置自体は本件出願前において既に公知である以上(例えば昭和一二年実用新案出願公告第一三八九九号公報、昭和九年実用新案出願公告第一五七四九号公報、昭和七年実用新案出願公告第一八九四二号公報参照)、この点についての原告の主張は当つていない。
(二) サシミのツマの製造器において本件考案のような五つの条件を満足させるものは見当らないが、本件考案の主要なる技術思想と認められる(I)大根を刃物盤に圧着する圧力を送り始めから送り終わりまで一定にすること、(II)切断中大根の端面をその全面にわたつて刃物盤に密着させること、(III)材料の偏心度に応じて作業中刃物盤自体を必要に応じて前後左右に傾斜させることは本件出願前公知である。((I)(II)の点については引用例の昭和一一年実用新案出願公告第五〇八号公報、(III)の点は周知手段であつて例えば昭和一二年実用新案出願公告第一六六九号公報および昭和七年実用新案出願公告第一八七一四号公報参照)
(三) 原告主張四の(四)(イ)(ホ)の点は認めるが、(ロ)(ハ)の点については程度の差こそあれ引用例のものも本件考案の大根を圧着する圧力条件および密着条件をそれぞれ満たしていると認められる。(ニ)の点については、本件考案は格別の送り装置を設けず手送りをしている技術事項それ自体は認めるが、技術的進歩性がなくとも考案は登録性があるかの如き論旨はこれを認めるわけにはいかない。ただし装置の簡易化もやはり特許性を齎すものであるという点、本件考案の作用効果、すなわち手送りによつてサシミのツマが美麗にできるという点は認める。(ヘ)の点については一般に果実の剥皮器においては周知の技術手段であること前記のとおりであるから認めない。
(四) これを要するに原告が新規な技術思想たりとする五つの条件のうちの主たる三つの条件は本件出願前公知であり、また五つの条件を満たす本件考案による装置の構造についてみるも単に大根の曲り度を目で見かつ勘に頼りつつそれを手で送つているに過ぎなく、その構造自体についても格別な巧みさが認められない以上、本件考案を引用例のものと類似であるとみなした審決は妥当なものと認められる。
第四証拠<省略>
理由
一 請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、第一七、一八号証を合せ考えると、本願実用新案の要旨は、原告が抗告審判において提出した(昭和三六年五月一六日附)訂正説明書(甲第一八号証)の登録請求の範囲に記載されたとおり、「台板に対し着脱自在な支持腕に対しクランクによつて回転はするも前進運動不可能に装置した針状突起つき押圧盤と、台板上を自由自在に摺動させ左右および前後に傾斜自在の非固定型の刃物盤よりなり、該刃物盤の中心部には大根が削られてゆくのに応じて大根それ自体にセンター位置決め用の棒状余材を形成させる中心管を刃物盤の前後を貫通して設け、該中心管より半径方向にに一つのスロツトを穿ち、刃物盤正面側において該スロツトの一方の縁部には鋸歯状刃物の切刃部を突出させ他方の縁部には葉状刃物の切刃部を突出させて設けてなるサシミのツマ製造器。」にあり、その作用効果は、「素材の大根は普通いろいろに曲つており、したがつてツマの製造中に被加工端面は必ずしも直角に減耗してゆかないから、もしも装置の両センターを相対的に固定し、大根の減耗につれて一方を平行状態に保持しながら機械的に摺動させてゆくときは、刃物盤と大根の端面との間に隙間ができる。このような隙間ができるとツマは切断され、したがつて所期するような連続状態のツマはできない。しかるに本考案装置では刃物盤は左手で自由に大根の減耗端面にしかも作業の終始にわたり比較的均一の圧力で全面的に圧着され、素材大根がいかに曲りくねつていても
(1) 迅速に素材大根の偏心程度に即応することができ、
(2) 大根を刃物盤に圧着する圧力が送りの初めより送り終りまで比較的一定であり、
(3) 切断中の大根の端面を刃物盤に密着させることができ、
(4) なお大根が軸中心線に対して直角に切断されてゆかず、細断作業の進行につれて斜面状になる場合でも、大根の切断端面と刃物盤とを密着させるために、作業中刃物盤自体を必要に応じて前後および左右に傾斜させることができる。
また刃物盤を操作してゆくにつれて、中心管の内径に相当する部分が中実の細い丸棒状の形に残され、作業の進行につれて前方へ押し出されてゆき、ツマの削成操作につれて終始、有効確実な可動案内センターの役目を営み、かくして鋸歯刃物の切刃のピツチが極めて微小に至るまで終始正しいセンター位置に案内する。以上の作用により所期する連続した細条の美麗、美味なサシミのツマを始めから終りまで一回の切断もなく、簡易かつ迅速に削成するという驚異的な効果が達成される。」とするものと解される。
三 一方成立に争いのない甲第九号証によると、審決が引用した昭和一一年実用新案出願公告第五〇八号公報(以下引用例という)所載のものは、「廻転押圧鈑(9)と相対せしめて透孔部(14)(15)を有する壁鈑(16)を台鈑(1)の一端に固着し、該鈑外側に切刃の装置鈑(17)を斜状に装置すべく該鈑両側下端の突杆(29)(30)を承鈑(31)及隆起条(16)'に載置し、圧鈑(23)と螺子(23)′とに依り圧持せしめ、常に刃鈑(20)と組合うべくせる掃除器(25)をして該中央部両側の突杆(32)(32)′を軸承(33)の透孔と螺管(26)とに依り取外づし自在に取着けて成る根菜類の千切機の構造」を有し、「壁鈑中心管(16)′の部分に千切にせんとする大根其の他所要の根菜類を当て押圧鈑(9)の突杆(9)′を貫通せしめ置き、把杆(10)′を回転するときは、回転軸(5)は漸次回転前進し其廻転前進の都度押圧鈑(9)と壁鈑(16)間に介在せる大根等の類は櫛歯状刃鈑(20)にて一定間隔の切目を施され、次に切刃(17)にて薄しく裁断せらるるを以て多数の連綿たる線状となりて該根菜類等の介在する限り続出するのみならず螺子(18)(19)に依り切刃(17)の装置鈑(17)の傾斜程度を調節すると共に櫛歯状刃鈑(20)を置換することに依り細太所要の太さを要する千切を簡易随意に求め得而も掃除器(25)を「スプリング」(27)に抗して圧下するときは櫛歯状刃鈑(20)間に引懸りたる皮其他の切屑を容易に除去し得る等の効果がある。」ものと認められる。
四 そこで引用例と本願実用新案とを比較するに、引用例の装置は螺旋送り装置と連動する押圧板によつて根菜を後方から押圧して送りながら大根の他端部を固定式の刃物盤に押しつけて千切りを製造するものであつて、廻転押圧鈑(9)と相対せしめ壁鈑(16)を台板の一端に固着し、装置の両センターが固定しているのに対し、本願実用新案の装置は針状突起付押圧板に突刺した大根の他端部の中心に刃物盤の中心管を差込み、手を以て刃物盤を押圧盤の方に押圧して送りながらサシミのツマを製造するものであつて、押圧盤は前進不可能に固定されているが、刃物盤は台板に固定されず、台板上を自由自在に摺動できるとともに前後左右に傾斜自在になつている点が相違する。元来素材の大根は必ずしも真直ではなく、その多くは程度および場所を異にして彎曲しているのを常とするから、連続したツマを製造するにはその装置が素材の湾曲している場合もその偏心程度に迅速に即応すること、切断中の大根の端面の全面を刃物盤に密着させること、作業中に大根の切断面が軸心線に対し斜面状になるような場合大根の切断端面と刃物盤とを密着させるために作業中刃物盤自体を必要に応じ前後および左右に傾斜させること等が必要であることは容易に首肯し得るところ、前記構造の相違により、前者はこれらの要件を欠いているので、大根の減耗につれて刃物盤と大根の端面との間に隙間ができるため、ツマは切断され連続状態のツマはできないのに反し、後者はこれらの条件を充足し、素材大根が彎曲していても、連続した美麗なサシミのツマを削成できるという作用効果上の相違があるものと認められる。なお本願実用新案において管(18)を刃物盤を貫通して設けることにより、大根の偏心度に応じて両センターを相対的に迅速に移動可能ならしめるための正確な案内装置を設ける目的を達していることは当事者間に争いのないところである。
そして本願実用新案の装置は、その操作について特別の経験、熟練や勘を必要とするものでなく、何人でもこの装置により、曲つた材料を用いても美麗なサシミのツマを容易に製造することができることは、証人藤原敏弘、同森忠の各証言および検証の結果によつて明らかである。
五 そうすると、仮りに審決がいうように、引用例のものにおける隆起16を本願実用新案における管18に構成することが単に構造上の微差に過ぎないとしても、本願実用新案において刃物盤7を台板を自在に摺動できるとともに前後左右に傾斜自在にし、これを手をもつて送るようにした点は引用例と構造上著しく相違し、その作用効果においても、本願実用新案は引用例に比し右のとおりの顕著な差異を有するから、本願実用新案は当業者において引用例から容易になし得る程度のものとはたやすく断定し難いものといわざるを得えない。
被告は、原告が新規な技術思想なりとする五つの条件のうちの主たる三つの条件は本件出願前公知であると主張するが、仮りに被告主張のとおりであるとしても、本願実用新案はこれらを綜合応用して新たに工業上実用ある型を案出したものというべきこと前示の判断に徴し明らかである。
六 以上の次第であるから、本願実用新案は旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号第一条)にいう実用ある新規の型の工業的考案を構成するものと認めるのが相当であり、これを引用例から当業者の容易になし得る程度のもので考案を構成するものとは認められず旧実用新案法第一条の登録要件を具備しないものとした本件審決は違法あるものといわなければならない。
よつて本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原増司 福島逸雄 荒木秀一)